シリーズ第19回「『学校へ行けなくなる』とは」

【シリーズ臨床心理士のつぶやき】

前々回に「学校へ行けないことの意味」というタイトルで記事をアップしましたが、今回も「学校へ行けない」ということについて考えてみたいと思います。

学校へ行けなくなる原因は千差万別

 そもそも、なぜ学校に行けなくなるのでしょうか?その理由は様々で、いじめなどはっきりとした理由があることもあれば、周囲の人だけでなく当人すらも学校へ行けない理由が分からないこともあります。原因や理由を見つけて解決したいと思うのは人間の性(さが)ですから、それは悪いことではありません。このアプローチで実際に登校できることもあります。しかし、もしこのアプローチが通用しなくなると、当人はどんどん追い詰められていくと考えられます。というのも、行けない理由が分からなくなってくると、「サボっている」「こころが弱い」など、本人に原因があるのではないかと考え始めるからです。それは周りの人たちだけでなく、当人ですらそうなりやすいのです。ですから、原因・解決アプローチでうまく行かない場合は、別の観点を持ち出す必要があります。それは学校へ行かないことで当人にとってどういう良いことがあるのか、という考え方です。

自分を守るための行動として捉えてみる

 私は子どもが学校に行かなくなる理由の1つとして「自分が壊れないための防衛反応」と捉えることがあります。もちろんいじめに負けたくないから頑張って登校している、という人もいると思います。これらのどちらが良いとか悪いとかではなく、色々な「在り方」があっていいと私は思います。ただし、学校に行けない子どもたちがみんな同じ考え方で、同じ受けとめ方をしているとは限りませんので、防衛反応と捉えることがいつも100%正しいとは言えません。それでも、子どもの行動を「サボっている」と捉えるよりも「自分を守っている」と捉えるほうが親側の気持ちも少し和らぎ、それが、学校へ行かずに子どもが成長するためには何ができるのか、何が必要なのかという、成長・発達アプローチとも言えます。このアプローチを一言で要約するなら、当人に「居場所」を与えること、と言えます。それは、あたかもある植物に最も適した環境を用意し、そこにその植物を植えて必要な水と栄養だけを与えるイメージに似ています。

安心できる環境を用意する

 では、なぜ「居場所」が学校に行けない子にとって大切なのでしょうか。これまでの経験から「人は安心できる環境のもとで発達する」「自分らしさを受けとめてもらうことで発達する」と、私は思っています。具体的には、自分の部屋、友だちといること、適応指導教室、塾などの習い事、ゲームセンター、カードショップ、鉄道沿いなど、子どもが「居場所」を感じられる場所は無数です。共通するのは、どれも「安心していられる場所」「自分らしくいられる場所」になりうるということです。子どもは自分らしさを発揮することで、「私は私でいい」という感覚を育てているのかもしれません。そのような場所で信頼できる他者と繋がれると、一層子どもの成長は促進されやすいのですが、「家族以外の誰かと繋がってほしい」と焦ってそのような場面を設定しようとするのはあまりお勧めではありません。やはり子ども1人1人の状態を見て、相応しいタイミングというのが存在します。
 ここで、マズローという有名な心理学者が唱えた説を紹介します。

 こちらはマズローの欲求階層説、または欲求5段階説と呼ばれ、人間の欲求を段階的に分けて捉え、どの欲求が満たされていないために不適応状態になっているのかを、理論的に考えるツールの一つです。一番下の生理的欲求は本能とも呼べる段階で、これが満たされないとそもそも生物として活動できません。
 ところが思春期になると、安全の欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、これら3つの段階のいずれか、あるいは複数が満たされず、何だか自分自身の存在を不安定に感じてしまうことがあります。また、一番上の自己実現の欲求が強すぎる故に、それが満たされない場合も不適応状態になることがあります。例えば、学校という場所が安全と感じられない、自分の居場所がない、誰にも認めてもらえない、という風に感じる子にとっては、登校すること自体が非常にしんどいのです。
 もちろんこの理論だけですべてを説明し尽くすことはできませんが、学校へ行けなくなった子どもがどの欲求を満たせていないのかを考え、その欲求を順に満たしていくことで再び活力がもどることがあります。まずは焦らないことを第一に、子どもが安心できる環境を整え、信頼できる人間関係のもとで自分の趣味などを安心して話せる場を提供し、自分のやりたいことをできるかぎりやらせてみる、といった対応が有効と言われています。

進路の選択肢は豊富にある

 とはいえ、中3・高3で学校へ行けなくなるとやはりその先の進路がとても心配になります。ただでさえ周りの子が学校で勉強している時間に自分は勉強していないという不安がある中で、「このままだと将来自分はどうなってしまうのだろうか」という、とてつもない不安に押しつぶされそうになるのです。それは子ども本人だけではなく親も同様です。この不安に対する万能的な魔法の解決策は残念ながら存在しません。なぜなら、誰かにとってよかった進路選択が他の子にとってもいいとは限らないからです。では、どうすればいいのでしょうか。
 あくまでも私の考えですが、まずは「常識的な考え方を一旦やめる」という選択です。学校へ行けずに苦しんでいる目の前の子どもを見て、普通に学校へ通っている人たちと同じような進路選択の仕方・考え方を当てはめるのは、到底無理があると言わざるをえません。幸いなことに、昨今では全日制(いわゆる朝登校して夕方下校する学校)以外の高校が豊富で、大阪府の私立高校授業料無償化制度が適用できるところも増えてきました。ですから、まずは全日制のみならず全日制以外の選択肢として、単位制・通信制の高校に関する情報を集めることが望ましいと思います。単位制・通信制の高校は、入試方法や学校・授業の説明について比較的いつでも教えてもらいやすいですので、通いやすい場所にあるところから説明を聞きに行くのも一つです。
 もちろん、色々と検討したうえで、「やっぱり全日制を受験する」という子どもだっています。最終的な進路選択をするのは子ども本人ですから、「自分はここだったら通えるかも」という高校を焦らずに探していきましょう。 高3生の場合は現役合格のみにこだわらず体調の回復を優先するなど、やはりその子に応じたペースで進路選択をしていきましょう。

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