【2025年度日本史解説速報!】関西大学の日本史の問題を解いてみた!【その1】

【シリーズ】藤井の過去問解説

こんにちは。

創心館の藤井です。

今回は、2025年度・関西大学の日本史入試問題の解説を、特別速報版でお送りします!

なお、対象学部は、

○文学部
○法学部
○商学部
○社会学部
○社会安全学部
○総合情報学部
○政策創造学部
○経済学部
○ビジネスデータサイエンス学部
○人間健康学部
○外国語学部

となっています。

今回は【その1】として、大問〔Ⅰ〕〔Ⅱ〕を扱います。

では、さっそく解説を始めていくことにしましょう!

〔Ⅰ〕近世・近代における政治史・経済史・外交史

(1)
正解は、エ(肥前)です。
空欄の後に「名護屋なごやに城を築いた」とあります。「名古屋」であれば「尾張」なのですが、名護屋城があったのは肥前国(現在の佐賀県)でした。

(2)
正解は、ウ(寧波ニンポー)です。
空欄の前に「日明貿易の港であった」とあります。そうすると、「堺」か「博多」が出てくると思います。しかし、語群には両方ともありませんので、日本以外で日明貿易に関係する港といえば「寧波」だけということになります。

では、豊臣秀吉の朝鮮侵略について以下にまとめましょう。

豊臣秀吉の朝鮮侵略のポイントはコレ!

朝鮮出兵壬辰じんしん丁酉ていゆう倭乱わらん)…朝鮮が入貢にゅうこう要求を拒否・名護屋(肥前)に本陣
 ①文禄ぶんろくの役(1592~93年)…小西行長ゆきなが・加藤清正きよまさら占領地域拡大
  →李舜臣りしゅんしんの水軍(亀甲船きっこうせん)・義兵の抵抗・明の援軍で戦局悪化
  →講和交渉の決裂…小西行長VS沈惟敬しんいけい(明)
 ②慶長けいちょうの役(1597~98年)…加藤清正・島津義弘よしひろら活躍するが劣勢
  →秀吉の死を機に撤兵

○影響
 ①武将派(福島正則まさのり・加藤清正ら)と文吏ぶんり派(石田三成みつなり・小西行長)らの対立激化
 ②朝鮮陶工の渡来活字印刷術の伝来

(3)
正解は、ヒ(林鳳岡はやしほうこう)です。
空欄の前後で、「綱吉は、湯島聖堂を建てて( 3 )を大学頭だいがくのかみに任じた」とありますので、林鳳岡(林信篤のぶあつともいう)が正解となります。

(4)
正解は、ナ(元禄小判)です。
空欄の前に「勘定吟味役かんじょうぎんみやく」「荻原重秀おぎわらしげひで」と重要な語句や人物がありますので、ここは落とせない問題です。

では、徳川綱吉のころの政治について以下にまとめておきましょう。

徳川綱吉の政治はココを押さえよう!

○元禄時代(5代将軍徳川綱吉つなよし)…館林たてばやし藩主出身
 ①補佐…堀田正俊ほったまさとし(大老)→柳沢吉保やなぎさわよしやす側用人そばようにん
 ②武家諸法度(1683年・天和令てんなれい)…殉死じゅんしの禁止・証人の廃止など
 ③湯島聖堂建設…林信篤林鳳岡)を大学頭に任命(聖堂学問所を主宰)
 ➃歌学方かがくかた北村季吟きぎん)・天文方てんもんがた渋川春海しゅんかい)の設立
 ⑤大嘗祭だいじょうさいなど朝廷の儀式を復興…儀式重視の中、赤穂あこう事件の発生(1701~02年)
 ⑥生類憐しょうるいあわれみの令(1685年~)→「犬公方いぬくぼう」と呼ばれる
 ⑦財政難…鉱山収入の激減・護国寺ごこくじなど寺社造営
      明暦めいれき大火たいか(1657年)の復興(広小路ひろこうじ火除地ひよけちの設置)
      →貨幣改鋳かいちゅう元禄金銀・1695年)…荻原重秀(勘定吟味役)
       ○出目(差益金)で一時的に潤うが、インフレが進行
       ○富士山大噴火(1707年)の被害も加わる

○影響
 経済の発展と町人の台頭
 →元禄文化の開花元禄豪商ごうしょうの出現紀伊国屋文左衛門きのくにやぶんざえもん淀屋辰五郎よどやたつごろう奈良屋茂左衛門ならやもざえもん


(5)
正解は、サ(側用人そばようにん)です。
田沼意次は、10代将軍徳川家治いえはるのもとで側用人から老中になった人物です。田沼意次の子の田沼意知おきともも若年寄として将軍を支えました
側用人とは、江戸時代に幕府や諸藩に置かれた役職で、将軍の命令を老中らに伝え、また、老中の意見を将軍に取り次ぐ仕事をしていました。最初の側用人は、牧野成貞なりさだとされています。

(6)
正解は、チ(最上徳内もがみとくない)です。
田沼意次は、工藤平助へいすけの『赤蝦夷風説考あかえぞふうせつこう』を取り入れて、最上徳内らを蝦夷地調査に派遣し、ロシアとの交易を計画しました。
では、田沼意次の政治について、以下にまとめておきましょう。

田沼意次の政治はココを押さえよう!

○田沼時代(10代将軍徳川家治・約20年)…田沼意次(側用人から老中へ)
 ①南鐐二朱銀なんりょうにしゅぎんを鋳造(8枚で小判1枚・計数貨幣・1772年)…きん中心の貨幣制度に一本化
 ②株仲間の積極的公認運上うんじょう冥加みょうがの徴収を増やす
 ③専売制の拡張…幕府直営の銅・鉄・真鍮しんちゅう朝鮮人参ちょうせんにんじん座を設置
 ➃長崎の貿易制限を緩和…銅・俵物たわらものを輸出/金・銀を輸入
 ⑤印旛沼いんばぬま手賀沼てがぬまの干拓(1782~86年)→利根川とねがわの大洪水で挫折
 ⑥蝦夷地開発…工藤平助赤蝦夷風説考』の意見採用
        →最上徳内を派遣(1785年)・ロシアとの交易計画

賄賂わいろ政治への不評・天明てんめいの大飢饉(1782~87年)・浅間山あさまやま大噴火(1786年)
 →百姓一揆・打ちこわしが頻発(天明の打ちこわし〔1787年〕)
  田沼意知おきとも暗殺(1784年・佐野政言さのまさこと)・10代将軍家治の死去で田沼意次は罷免される(1786年)


(7)
正解は、イ(調所広郷ずしょひろさと)です。
薩摩藩における藩政改革の重要人物です。薩摩藩の莫大な借金の整理や黒砂糖の専売などに尽力した家老でした。

(8)
正解は、シ(下関しものせき)です。
本文中の空欄の後に「越荷方こしにかた」という用語があります。毎年のように関西大学で出題される用語ですね。
下関に置かれた倉庫兼金融業者で、長州藩は越荷方で莫大な利益をあげました。
では、天保期の藩政改革について、以下にまとめておきましょう。

天保の藩政改革はココを押さえろ!

★天保の藩政改革の特徴としては、
 ○下級武士の登用    ○専売制の実施    ○軍事力の強化
 があげられ、雄藩へと成長していく

①薩摩…島津重豪しまづしげひで調所広郷ずしょひろさとを登用(1827年)・黒砂糖の専売・琉球貿易の拡大
   →のち島津斉彬しまづなりあきら集成館しゅうせいかん(反射炉・造船所・ガラス製造所など)を設置し、グラバー(英)から武器購入
②長州…毛利敬親もうりたかちか村田清風むらたせいふうを登用(1838年)・紙やろうの専売・越荷方の設置(下関
③佐賀…鍋島直正なべしまなおまさの改革・均田制きんでんせい・陶磁器の専売・反射炉(日本初の大砲製造の溶鉱炉
④その他…土佐(山内豊信やまのうちとよしげ)・水戸(徳川斉昭なりあき)・宇和島うわじま伊達宗城だてむねなり)・越前(松平慶永まつだいらよしなが)など

★幕府も天保の藩政改革に対抗する形でさまざまな政策を行った
 ①江川太郎左衛門(伊豆韮山にらやまの代官)…反射炉の築造(1854~57年・子の英敏ひでとしが完成させた)
 ②長崎製鉄所(1861年・オランダから購入)・横須賀製鉄所(1865年・フランスの援助)

(9)
正解は、ハ(20歳)です。
受験生は、「徴兵告諭」と「徴兵令」がまぎらわしいので、明治政府の兵制改革として覚えておきましょう。

明治政府の兵制改革の流れをしっかり押さえよう!

兵部省ひょうぶしょうの設置(1869年)…大村益次郎おおむらますじろう兵部大輔ひょうぶたいふ)が兵制改革を建白(のち暗殺)
 →御親兵ごしんぺいの徴集(翌年に近衛兵このえへいと改称)・四鎮台ちんだいの設置(1871年)
 →陸軍省・海軍省の設置(兵部省は廃止)・徴兵告諭(1872年・山県有朋
 →○六鎮台の設置(1873年)…東京・仙台・大阪・熊本に名古屋・広島を追加
  ○徴兵令(1873年)…国民皆兵(満20歳以上の男子で3年間)・フランスをモデル
  ※免除規定(戸主・長男・官吏・学生・代人料だいにんりょう270円納入者など)
   →農家の次男以下に兵役が課される・徴兵反対一揆(血税けつぜい一揆)も起こる

○陸軍…ドイツ式軍制(当初はフランス式)・メッケル(陸軍大学校)
○海軍…イギリス式軍制

(10)
正解は、タ(内務省)です。
1873年に大久保利通を内務きょうとして設置され、全国の警察制度を管轄したのが内務省でしたが、1947年に廃止されました。ちなみに、東京に警視庁が設置された時の大警視(現在の警視総監)は、川路利良かわじとしよしでした。

〔Ⅱ〕院政期から江戸時代初期にかけての総合問題

(1)
正解は、ク(法勝寺ほっしょうじ)です。
空欄の前に「『勝』の字がつく6寺の御願寺」「白河天皇」とありますので、法勝寺が正解です。基本的な問題ですが、いわゆる「六勝寺ろくしょうじ」については、白河天皇の法勝寺と、堀河ほりかわ天皇の尊勝寺そんしょうじは必ず覚えておきましょう。

(2)
正解は、エ(無量光院むりょうこういん)です。
あまりなじみのない寺院ですが、奥州藤原氏の支配した東北地方でも、浄土信仰の象徴である阿弥陀堂あみだどうが造られました。奥州藤原氏の発展と合わせて覚えておきましょう。

奥州藤原氏はコレを押さえよう!

奥州藤原氏の繁栄…平泉ひらいずみ(岩手県)を本拠とし、たちを築く
 藤原清衡きよひら中尊寺金色堂)→藤原基衡もとひら毛越寺もうつじ)→藤原秀衡ひでひら無量光院むりょうこういん
 ※3代100年の繁栄…金や馬の産出・北方との交易・京都文化の移入

(3)
正解は、ナ(南大門)です。
東大寺には南大門のほかにも、ス(転害門てがいもん)があります。転害門は難しいですが、奈良時代の東大寺創建当時からある門です。

(4)
正解は、サ(北円堂ほくえんどう)です。
興福寺の本尊である「弥勒如来坐像みろくにょらいざぞう」や「無著むちゃく像・世親せしん像」をまつっている建物の名前まで知っている受験生は少ないと思います。
ここで、鎌倉文化の彫刻と建築についてまとめておきましょう。

鎌倉文化の彫刻と建築はコレが出る!

(1)彫刻…写実性や力強さが特徴
  ①東大寺 ○南大門の金剛力士像運慶うんけい快慶かいけい湛慶たんけい慶派けいは仏師)
       ○僧形八幡神像そうぎょうはちまんしんぞう(快慶)
  ②興福寺 ○無著・世親像(運慶)
       ○天灯鬼てんとうき竜灯鬼りゅうとうき像(康弁こうべん
  ③六波羅蜜寺ろくはらみつじ空也くうや像(康勝こうしょう
  ➃明月院めいげついん(鎌倉)…上杉重房うえすぎしげふさ

(2)建築
  ①大仏様だいぶつよう(宋の陳和卿ちんわけいの協力で重源ちょうげんが修復)…東大寺の南大門(奈良)
  ②禅宗様ぜんしゅうよう円覚寺えんがくじ舎利殿しゃりでん(鎌倉)
  ③和様わよう蓮華王院れんげおういんの本堂(三十三間堂さんじゅうさんげんどう・京都)・石山寺いしやまでら多宝塔たほうとう(滋賀)
      ※三十三間堂は後白河法皇の命で平清盛が創建した
  ➃折衷様せっちゅうよう観心寺かんしんじの金堂(大阪)

(5)
正解は、ネ(花)です。
これは落とせない基本的な問題です。花の御所は、現在の京都御所の北西に築かれた、邸宅と政治の場を兼ねたものでした。

(6)
正解は、イ(鹿苑寺ろくおんじ)です。
空欄の後に「山荘の庭園に建てられた舎利殿しゃりでんは、『金閣』とよばれている」とありますから、これも落とせない問題ですね。

(7)
正解は、ヌ(東求堂とうぐどう)です。
室町幕府8代将軍の足利義政の営んだ建物は、観音殿かんのんでん(通称「銀閣」)と、義和の持仏堂じぶつどうである「東求堂」の二つがあります。東求堂の中には「同仁斎どうじんさい」と呼ばれる書斎があり、書院造を代表するものです。これも落とせない基本的な問題ですね。

(8)
正解は、二(同朋衆どうぼうしゅう)です。
同朋衆は「阿弥衆あみしゅう」とも呼ばれ、「○阿弥」と称して活動した人々です。代表的な同朋衆としては、足利義満の保護を受けて能を大成した「観阿弥かんあみ世阿弥ぜあみ」父子、花の御所や興福寺の庭園などを作庭した「善阿弥ぜんあみ」などがいます。あまりなじみのない用語とは思いますが、ぜひ覚えておきましょう。

(9)
正解は、ノ(坂本)です。
空欄の後に「延暦寺の門前町」とあり、1428年の正長の徳政一揆の原因となった「近江坂本の馬借ばしゃく」でも有名ですね。
このように、室町時代にはさまざまな都市が形成されましたが、ここでまとめておくことにしましょう。

室町時代の都市の発展は区別して押さえよう!

(1)城下町戦国大名の領国経営の中心となった
   小田原おだわら(北条氏)/府中(今川氏・駿府すんぷ)/府中(武田氏・甲府こうふ)/一乗谷いちじょうだに(朝倉氏)
   山口(大内氏)/府内ふない(大友氏)/鹿児島(島津氏)/春日山かすがやま(上杉氏)

(2)門前町…寺社の門前に発達
   長野(善光寺ぜんこうじ)/坂本(延暦寺)/宇治・山田伊勢神宮

(3)寺内町じないちょう浄土真宗の寺院や道場が中心
   石山(摂津)/金沢(加賀)/今井(大和)/富田林とんだばやし(河内)

(4)港町…貿易による商業の発達
   敦賀つるが(越前・松原客院まつばらきゃくいん)/尾道・草戸千軒町くさどせんげんちょう(備後・芦田川あしだがわに水没)
   兵庫(摂津・大輪田泊おおわだのとまり)/坊津ぼうのつ(薩摩)/大津(近江)
   (和泉・36人会合衆えごうしゅうによる自治)/博多(筑前・12人年行司ねんぎょうじによる自治)   

(10)
正解は、タ(元和)です。
大坂の陣(1614~15年)を境に、「元和偃武げんなえんぶ」と呼ばれる平和な時代が訪れました。

おわりに

さて、大問〔Ⅰ〕〔Ⅱ〕の解説は以上となりますが、いかがだったでしょうか。

関西大学の問題は、落としてはいけない問題と、落としても差がつかない問題とがハッキリしているのが特徴ですし、過去問と似たような問題が出題されています。

ただし、用語の意味を正しくとらえていないと、思わぬミスにつながる可能性もありますので、慎重に、正しく覚えていくようにしましょう。

本日も創心館のブログにおいでいただき、ありがとうございました。

次回は大問〔Ⅲ〕〔Ⅳ〕を解説いたします!

お楽しみに!

文責:藤井 宏昌

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