頭のいい子ほど質問する?伸びる生徒に共通する“分からない”の使い方

あびこ校

授業をしていると、生徒からこんな言葉を聞くことがあります。

「分かりません」

一見すると、あまり良くない言葉のように聞こえるかもしれません。

でも、長く生徒を見ていると感じることがあります。

成績が伸びる生徒ほど、「分からない」と言うのが上手です。

逆に、なかなか成績が伸びない生徒の中には、
本当は理解できていないのに「分かりました」と言ってしまう子もいます。

もちろん、たくさん質問すれば自動的に成績が上がるという話ではありません。
大切なのは、自分が何を分かっていて、何を分かっていないのかを把握できていることです。

今回は、普段生徒たちを指導していて感じる「質問する力」について書いてみたいと思います。

「分からない」は悪いことではない

勉強をしていれば、分からない問題が出てくるのは当然です。
中学生なら、数学の文章題が分からないこともあれば、
英語の文法がごちゃごちゃになることもあります。
理科や社会で、言葉の意味が分からなくなることもあります。

それ自体はまったく問題ありません。

問題なのは、
分からないまま、そのままにしてしまうことです。

授業中に先生が、

「ここまで大丈夫?」

と聞いたとき、
なんとなく周りに合わせてうなずいてしまう。
解説を聞いて理解したつもりになって、もう一度自分で解かない。
分からないけれど、質問するのが恥ずかしくてそのままにする。

こういうことが続くと、少しずつ「分からない」が積み重なっていきます。
特に英語や数学は、前に習った内容を使いながら次の単元へ進んでいきます。
最初は小さなつまずきだったものが、数か月後には大きな差になってしまうこともあります。

伸びる生徒は「どこが分からないか」を考える

質問にもいろいろあります。

例えば、

「先生、これ全部分からん」

という質問。

もちろん、最初はこれでも構いません。
ただ、勉強が上手になってくると、質問の仕方が少しずつ変わってきます。

「ここまでは分かるけど、この式になる理由が分からない」

「答えは出せたけど、なぜこの公式を使うのか分からない」

「この単語の意味は分かるけど、文章全体の意味が取れない」

このように、自分がどこで止まっているのかを説明できるようになります。

実は、これがとても大切です。
「どこが分からないのか」を考えるということは、

自分の理解度を自分で確認しているということだからです。

先生に質問する前に、
「自分はどこまで分かっているんだろう?」

と考える。

この習慣がついてくると、勉強の仕方そのものが変わってきます。

そのために私も講師として、
数学なら途中式を書かせて確認、英語なら文法を教える前に英単語の意味をまず確認します。

「質問しない=理解している」ではない

塾でも、とても静かに授業を受けている生徒がいます。

ノートもしっかり取っている。
先生の話も聞いている。
質問もないと言う。

一見すると、何も問題がないように見えます。
ところが、実際に問題を解いてもらうと、意外と理解できていないことがあります。
むしろ、長年塾講師をしていると、「質問ありません」は不安になることの方が多いです。

反対に、

「先生、これどういうこと?」

「なんでこうなるん?」

と何度も聞いてくる生徒が、数か月後にはかなり力をつけていることもあります。
私たち講師も、その生徒の苦手とすることをは把握し、次回からの教え方を工夫します。

質問が多いから頭が悪いわけではありません。
むしろ、分からないところをその場で一つずつ消しているとも言えます。

質問しないことが悪いわけではありませんが、「質問しない=理解している」とは限らないということです。

答えを聞くだけの質問では、あまり力にならない

ただし、質問なら何でもいいわけではありません。

例えば問題を見た瞬間に、

「先生、これ分からん。答え教えて」

となってしまうと、なかなか力はつきません。

一度は自分で考えてみることも必要です。

問題文をもう一度読む。
教科書を見る。
前に解いた似た問題を探す。
途中まででも式を書いてみる。
それでも分からなければ質問する。

この流れが理想です。

私は授業の板書や宿題を出すときにこれを意識しています。

質問するときも、

「ここまではやったんですけど、この後が分かりません」

と言えるようになると、この子は伸びるな…。と感じます。

そして何より、本人にとっても理解が深まりやすくなります。

「分からないからすぐ聞く」のではなく、「考えたうえで分からないところを聞く」

ここが大切です。

「分かったつもり」が一番怖い

勉強で意外と怖いのが、「分かったつもり」です。

先生の説明を聞いていると、

「ああ、なるほど」

と思うことがあります。
その瞬間は本当に分かったような気がします。
でも、そのあと先生がいない状態でもう一度同じ問題を解いてみると、

「あれ?どうやるんやったっけ?」

となることがあります。

これは珍しいことではありません。
説明を聞いて分かることと、自分一人で解けることは別です。
だから創心館でも、説明を聞いて終わりではなく、実際に自分で問題を解いてもらうことを大切にしています。

そして、解いている途中でまた分からないところが出てきたら質問する。

この繰り返しで、少しずつ「本当にできる問題」が増えていきます。

質問するのが恥ずかしい生徒へ

中学生の中には、

「こんなこと聞いたら恥ずかしい」

と思って質問できない子もいます。

周りの友達が分かっているように見えると、なおさら聞きにくいかもしれません。

でも、先生側からすると、

分からないところを質問してくれるのは、とてもありがたいことです。

なぜなら、どこで困っているのかが分かるからです。
先生は、分からないことを責めるためにいるわけではありません。
分からないところを一緒に解決するためにいます。

「こんな簡単なことを聞いてもいいのかな」

と思う必要はありません。
むしろ、簡単なところで分からなくなっているなら、即解決させてほしいと思います。

分からないことをそのままにして先へ進む方が、あとで大変になります。

質問できることも、一つの勉強の力

私たちは「学力」というと、テストの点数や偏差値を思い浮かべがちです。

もちろん、それらも大切です。

でも、長い目で見ると、

「分からないことに気づける」

「自分で少し考えてみる」

「それでも分からなければ人に聞ける」

という力も、とても大切だと思います。
学校を卒業してからも、分からないことはたくさん出てきます。
そのたびに、自分で調べたり、人に聞いたりしながら解決していかなければなりません。

そう考えると、質問する力は勉強だけに必要なものではありません。

「分からない」を成長のきっかけに

「分からない」という言葉は、決して悪い言葉ではありません。

むしろ、

ここから一つできることが増える

という合図です。

分からない問題があったときに、

「もう無理」

で終わるのか、

「どこから分からなくなったんだろう?」

と考えるのか。

その違いは、少しずつ大きな差になっていきます。
創心館でも、生徒が気軽に「ここが分からない」と言える環境を大切にしています。

質問することを恥ずかしがる必要はありません。
簡単な問題でも「分からないことを責めること」は決してございません。

最初はだれもわからないところからスタートし、ひとつずつ理解してできるようにしていく。

結局、それが勉強で一番確実な伸び方なのだと思います。

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